承認欲求の正体
モチベーションアップの法則

認められたい...。承認欲求ってなんだ?

人間は最終的にとことんのところ何を欲しているのか。それは世に理解されることであり世に認められることである。 理解され認められれば、その心ゆかたな自覚を梃子(てこ)として、誰もが勇躍(ゆうやく)して励む。それによって社会の活力が増進し誰もがその恵にあずかる。 この場合、世間とは具体的に自分に指示を与える人であり働きをともにする同僚である。この人たちから黙殺または軽悔されるのは死ぬより辛い。逆に自分が周囲から認められているという手応えを得たときの喜びは何事にも替え難い。

人間は息をひきとるまで生涯をかけて、私を認めてくれ、私を認めてくれと、声なき声で叫びつづける可憐な生き物なのだと思われる。

(谷沢永一著「人間通」より)

人間がいかに人から「認められたい!」と強く願っているかがうまく表現されています。いわゆる承認欲求というやつですが、それがいかに人間にとって大きな影響力を持っているか、ここでさらに掘り下げていきましょう。

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承認欲求の意味とは

承認欲求とは

承認欲求とは、他人から認められたいと思う感情のことです。

マズローの欲求5段階説」では5つの欲求(生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求)のうち4番目の欲求に位置付けられ、「他者から認められたい、尊敬されたい」と願う気持ちのことを指します。

安全で豊かになった今の日本において人のモチベーションを上げるものは、お金など物質的なものよりもむしろ、社会的に評価されたい、人に認められたいという承認欲求であると言えるかもしれません。

誰に認められようとするのか

承認欲求は、よくよく観察すると多くの行動の動機になっていることがわかります。
子供ならきっと両親から認めてもらおうとするでしょうし、クラスの仲間から認められようと一生懸命になるはずです。

誰に承認を求めるのか、そして何によって認められようとするのかは千差万別ですが、通常は自分の身の回りの人達から認められようとするはずです。

これはつまり、置かれている環境(どんな人たちに囲まれているか、そしてその人たちが何を良しとしているか)によって、どんな承認欲求を持つかが変わってくるということ。
つくづく、どんな環境に身を置くかが大切だと実感します。

こじらせるとまずい承認欲求

さて、承認欲求は、その名の通り「欲求」ですから、お腹が空いた、喉が渇いたと同じように、その人が満たしたいと感じているものです。
そしてその満たされていないものを満たそうとする心の働きは行動の動機(モチベーション)につながります。

これはうまく発揮されればモチベーションの元になる大切なものですが、あまりにも満たされないと欲求不満に陥ってしまうなど危険もはらんでいます。
「この人、承認欲求が強すぎて困るな〜」とつい感じてしまう人に出会ったことは誰にでもあるんじゃないでしょうか。

承認欲求はこじらせないようにしよう

アピールすることをやめられない人たち

承認欲求が強すぎる人は、何かしらのアピールをすることをやめられません。

身近な例としては、例えば自分が有名人と知り合いであることをアピールする、ブランド品など持ち物をさりげなく自慢する、過去の栄光など昔の話を何度もする。
求めているものは他者からの承認です。自分自身と自分以外の何か権威のあるものを結びつけて、自分自身にも同じように価値があると認めて欲しいわけです。
それにより自分が特別な存在なんだと確認したいという心理です。

また、逆にいかに自分が不幸な境遇にいるかをアピールすることによって特別であろうとする、不幸自慢という手段が取られる場合もあります。
これも同じようにそれによって自分という存在を特別なものとしたいと願っているわけです。

なぜ承認欲求が強くなりすぎるのか

承認欲求が強すぎる人たちは、「すぐに調子に乗り、落ち込みやすい」という特徴があります。自己評価をうつろいやすい他者からの承認に委ねていますから当然です。

彼らは、他者からの承認によって自分の存在意義を確認しようとしているわけですから、他者からの承認が得られなければ自分の存在意義を確認できない。
「私ってなんの価値もない人間?」となってしまうわけです。

もっとも、これは程度の差はあれ多くの人が経験したことがあるでしょう。
人生の中で一度は出会う課題なのかもしれません。

「点数を取れば認めてあげよう。学校に入れてあげよう。資格をあげよう」「勉強を頑張れば褒めてあげよう。遊んでばかりの子はうちの子じゃありません」「みんなと同じにしてれば仲間。違っていたら仲間はずれ」。

日本の社会においては、誰もがそんなメッセージを少なからず受け取りながら成長してきたのではないでしょうか。そこには、条件をクリアしなければ仲間外れにされてしまう怖さがあります。

これは、マズローの欲求5段階説」で言えば、3番目の「社会的欲求」と4番目の「承認欲求」が逆転して入れ替わってしまっている状態です。

本来は、3番目の「社会的欲求」、つまり愛と所属、そして仲間を求める欲求が満たされた後に、4番目の「承認欲求」、価値ある存在として認められたいという欲求が生まれるはずなのに、順番があべこべというわけです。

ここでは、人は愛や仲間を求める欲求が満たされていないのに、次の段階に進むことになります。 そして次の段階で満たされていない欲求を満たそうとする。

でも、人間には自分のことを無条件で受け入れてくれる存在(経験)が必要です。これがなければ、「自分はもともと価値のある存在である」「愛されている存在である」という自己を肯定する自覚(「ベーシック・トラスト(基本的信頼)」)を持てません。

この自己に対する信頼と社会や周囲に対する安心感が持てていないと、必要以上に他者の承認に頼ることになってしまうわけです。
相対的に自己肯定感が低く、自分に自信がなく、周囲に合わせる傾向の強い日本人の特性はこの辺りからきているのかもしれません。

承認欲求とSNS疲れ

さて、急激に普及したFacebookなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)ですが、これらと承認欲求は非常に密接に関係していると思われます。

自分がSNSに投稿した内容に対して、友人が「いいね」を押してくれたり何かしらの好意的な反応をしてくれるということは、まさに自分が承認されていることと感じることができます。
SNSを使えば、手軽にさりげなく自分をアピールでき、しかもその反応がわかりやすく「見える化」されていますから、ちょっとした承認欲求を満たすのにこれほど便利なツールはないというわけです。

SNSが爆発的に普及した背景には、スマホなどのテクノロジーの発展と同時にこうした人間の承認欲求が働いていたと言っても過言ではないでしょう。

しかし、今では「SNS疲れ」という現象が起きてきているようです。そうやって誰かの承認を得るために投稿される、いわゆる「リア充(実際の現実の生活(リアル生活)が充実している人間のこと)」的な友達の投稿に嫌気がさしたり、自分自身もそれに必死になることに疲れてSNSをしなくなるという現象です。

承認欲求を否定するアドラー心理学

とりわけ周囲の目を気にする日本人は他人の評価に対する意識が高く、周りから認められることを重視する傾向にあると言われます。

そして、承認を与えるのが他人である以上、承認欲求が強い人ほど他者への依存度が高くなるということにもなります。

この辺りが承認欲求のむずかしいところです。
他者から認められれば自分の価値や存在意義を実感できる。でも、他者から認められるためには常に他者の評価を気にして生きていかなくてはならない息苦しさがある。

嫌われる勇気 」(古賀史健・岸見一郎著)で有名なアドラー心理学では承認欲求を否定しています。承認欲求は不自由だと言います。

「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない。他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになると言います。

そして、そうならないためには課題の分離が必要で、他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させないことが大切だと言います。あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むか、自分の課題に土足で踏み込まれることによって引き起こされるのだそうです。

次のような箇所があります。

「自らの生について、あなたにできるのは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」、それだけです。一方で、その選択について他者がどのような評価を下すのか。これは他者の課題であって、あなたにはどうにもできない話です。」

「確かに嫌われることは苦しい。できれば誰からも嫌われずに生きていたい。承認欲求を満たしたい。でも、すべての人から嫌われないように立ち回る生き方は、不自由極まりない生き方であり、同時に不可能なことです。 自由を行使したければ、そこにはコストが伴います。そして対人関係における自由のコストとは、他者から嫌われることなのです。」

「嫌われる勇気」というタイトルにあるように、ここがこの本の核となる部分なのかもしれません。もちろん、わざわざ人に嫌われるような振る舞いをすることはないけれど、人に嫌われることを恐れて自分を殺して生きるのではなく、たとえ人の承認が得られず嫌われようとも自分の信じる最善の道を選ぶべきであるというわけです。

前述した「マズローの欲求5段階説」で言えば、5つの欲求(生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求)の4番目である承認欲求を超えて5番目の「自己実現欲求」へ移るということになるでしょうか。

承認欲求に踊らされず、うまく利用していこう!

承認欲求は承認されたい対象によって2つのタイプに大別されます。

ひとつは他人から認められたいという欲求であり、他者承認と呼ばれるもの。
もうひとつは自分自身が自分を認めているか、今の自分に満足しているか、という基準で自分自身を判断する自己承認と呼ばれるものです。

承認欲求とうまく付き合っていこう

もちろん、他者に承認を求める気持ちは誰にでもある健全なものです。お客さんに褒められたり、人の役に立っていると実感できた時の喜びはもう格段のものです。

しかし、他人に認められるために自分を犠牲にしてまで求めるなど承認欲求が強すぎると問題が生じてきます。

自分の中にしっかりとした評価基準を築き、必要以上に他人からの承認を求めず、その上で他人の役に立つ喜びをモチベーションに変えていくことができれば、とてもバランスが良い状態だといえそうです。

承認欲求は誰の中にもある、時にやっかいな存在であると同時に、時にモチベーションを上げる上で大きな味方になってくれるものです。
自分の承認欲求にも、他人の承認欲求にも無自覚に踊らされることなく、その特徴を理解して上手に活用してしまいましょう。