三輪空(さんりんくう)の教え
私たちは人のために何かをしたり、誰かに親切にしたりすると、ついお礼を言って欲しいとか感謝してほしいという気持ちがどこかで芽生えてしまいます。
別にそうした見返りを求めてやったわけではなくても、無意識のうちにそれを期待してしまうのです。
そして、納得いくお礼や感謝が得られないと、ついつい不満を感じてしまいます。
しまいには、相手に文句を言いたくなったり、「あんな人のためにやらなければ良かった」などと思ってしまうことすらあります。
「あんなに色々してあげたのに、なんの感謝もない。あり得ないだろ!」といった具合です。
もともと純粋な親切心で行ったことなのに、結果的にその人に対する怒りや自分自身のストレスにつながってしまうというのは、なんだかとても不幸なことである気がします。
ちなみに人間というものは案外、人からしてもらったことはすぐに忘れるくせに、自分がしてあげたことはいつまでも覚えているものです…。
三輪空
さて、仏教の教えには「三輪空(さんりんくう)」という教えがあります。
- 私が
- 誰々に
- 何々をしてやった
この「三つの心を忘れるようにしなさい」という教えです。
この三輪を空にしろというわけです。
これらをいつまでも覚えていると、前述のように「してやったのに」という恩着せがましい心が芽生え、腹が立ち、自分自身も苦しむからです。
日本人の美徳
「施して報いを求めず、受けて恩を忘れず」という言葉もあります。
「人に何かしてあげても、その見返りを期待してはいけない。 でも、自分が何かしてもらったら、そのご恩は忘れてはいけない」という意味です。
やはり、与えたものに対する報いは求めず、さっさと忘れてしまうに限るようです。
ふと、時代劇によくあるシーンを思い出します。
若旦那:困っている人を助けた後、そのまま立ち去ろうとする。
町娘:「せめてお名前だけでも…」と問われる。
それに対してさらりと答える。
若旦那:「名乗るほどの者ではございやせん」 ──
こんな態度にグッとくるのは、そこに日本人の美徳があるからかもしれません。
あるべき姿として日本人のDNAに深く刻み込まれた何かがそこにあるのでしょう。
昔の人は、大人たちからもっとこうした態度を教え込まれていたんじゃないかという気もします。
今よりもっと人と人とが互いに助け合いながら暮らしていた時代には、こうした考え方が今よりもっと必要だったのではないでしょうか。
最後に
現代に生きる私たちも、もっとこうした態度を学んだ方が良いのかもしれません。
今も昔も、私たちは相変わらず人との関わり合いの中で生きているのですから。
自分ばかり一方的に与え続けていて疲弊するばかり、というのであれば、そこから離れることも必要でしょう。
自分自身も大切にしなくてはいけません。
しかし、自分がかけた恩をいつまでも覚えていて、その見返りをネチネチ求めるというのは決して良い態度とは言えません。
気持ちよく爽やかに生きたいものです。
ネガティブなところに自分のエネルギーを注ぎ込むより、ポジティブなところに自分のエネルギーを注ぎ込んでいきましょう。
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