「嫌われたくない」と考えて従順な自分を演じてしまう心理

誰だって「人から嫌われる」のはイヤなはずです。 できればみんなから好かれたいと思うのは人間にとって当たり前の心理です。 

しかしだからといって、「嫌われたくない」と思いながら生きるのはとても窮屈です。
嫌われたくないと思えば思うほど、自分を押し殺して相手の顔色ばかり伺いながら生きていかなければならないからです。

本当はもっとノビノビ自由に生きたいのに、ついつい従順な人間を演じ続けてしまう……。 嫌われないためにそういう態度ばかり取っていると、途端に生きるのが窮屈になります。

しかも、そうした態度は一度染み付くとなかなか抜けません。その人の「生き方の癖」のようなものになってしまうのです。そして、それをずっと続けていると、精神的にもかなり疲弊していくことになるでしょう。

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「嫌われたくない」と思う心理

しかし、なぜ自分を押し殺してまで「嫌われたくない」と思ってしまうのでしょうか。 

……そこには子供の頃に染み付いた記憶があります。 

子供は無力ですから自分一人では生きていけません。 両親に見捨てられるということは、死に直結するほどの大きな問題であり、恐怖です。 

また、小・中学生になると同級生の仲間で一つの社会を形成します。 子供にとってはその社会がこそが自分の生きる唯一の世界であり、そこで嫌われたら全世界から嫌われるのと同じ意味を持ちます。

そうしたことから、私たちは人に嫌われることに対する恐怖心を植えつけられていきます。 「嫌われたらもうお終いだ」という恐怖心です。 

そして、その時植えつけられた恐怖心は、大人になっても心の中に居座り続け、それが今でもその人を縛り付けているというわけです。 まだまだ無力だった子供時代の自己認識をそのまま引きずっているのです。

誰からも好かれたい

しかし、私たちはすでに大人になっていますから、子供の時ほど無力ではありません。 たとえ目の前の人に嫌われたとしても、選択肢はいくらでもあり「人生終了」ということはありません。

むしろ大人になれば、誰からも好かれようと思う方が傲慢(ごうまん)だという認識に改めていかなければなりません。 自分を押し殺して他人にばかり良い顔をするのは、自分自身への裏切り行為でもあるのです。 

世の中には嫌な奴もいるし、自分とはウマが合わない人間は必ずいるのです。 心理カウンセリングの父とも呼ばれるアメリカの心理学者カール・ロジャースは次のように言っています。

仮にあなたの周りに10人の人がいたとしたら……

2人は気の合う人
7人はどちらでもない人
1人は気が合わない人

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カール・ロジャースの2:7:1の法則人間関係で無駄に疲弊しなくなる。

人間が10人いれば、一人ぐらいはどうしても気が合わない人がいるのです。 それなのに、「嫌われたくない」と思うばかりに、そうした人たちに合わせて自分を後回しにしていたら、それはもう自分の人生を自ら棒に振っているようなものです。 

むしろ、10人いたら1人を裏切るくらいでないと、本当の意味で自分の人生を生きているとは言えないのかもしれません……。

嫌われないために自分を見失っていく

また、誰に対しても良い顔ばかりして自分を押し殺していると、いつの間にか自分自身を見失ってしまいます。 いつの間にか、自分は何が好きで何が嫌いかすら分からなくなってしまうのです。

そうなってしまうと、自分を取り戻すのに時間がかかります。そうして結局、誰からも嫌われないように従順で聞き分けの良い人を演じ続けるしかなくなってしまうのです。。。

まとめ

「嫌われたくない」ために自分を押し殺してしまう人は、次のような自己認識を改める必要があります。

そして、次のように考える必要があります。

もちろん、我を押し通すばかりではうまくはいきません。譲らなければならない場面もあるでしょう。

しかし、「嫌われたくない」と譲ってばかりでもいけないのです。

きっと人生における大切な場面では、次の二択を迫られる場面があるでしょう。

時には「嫌われる勇気」も必要です。

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